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風来坊 三余夜はなし

残心の先
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    三余夜ばなし 残心の先         
     こにひとつの情景がある。

    後ずさりしても剣をぬいて追ってくる相手にたいして、しかたなく正対して柄に手を添える。 先刻、峠の茶屋で隣の部屋にいた武芸者であろう、茶代をはらった残金の金子がほしいらしいようだ。
    上段に構えた相手の手もとが揺れる。
    つぎの刹那 鞘走った太刀は相手の胴を薙ぎっていた。
    斬ってはみたが、松の根元に伏せて両脚をふるわせている。

    その姿をみて、まんいち己が敵の刃の下にはいっていたならばー。 剣技を磨くとともに、武威をみがいて相手を退かせることができたならば、このような醜態を目のあたりにすることもなかったであろう。
    この情景からかんがえるに、武士のあわれみというより、ひとりの仏徒としての心情が
    わき、哀惜の念がみえる。
     斬りおろす 刃の下のさがり富士
                                    敵も人の子
                                                南無阿弥陀仏

     さがり富士とは、たおれている相手にたいして警戒の残心をとりつつ、剣を鞘におさめてみれば、我彼もなくおなじ情けにあるという、まなざしは目尻をさげてみおろすであろう。
    居合道における残心とは、仏儒の念までも学んでこそ整合されたものであり、居合が普遍の文化として存在しえることとなるであろう。
     武力を武威にかえてこそ、剣のこころがある。
     剣のみちを極めれば
                     やがて仏儒のみちにつながる

                                              平成二十七年 正月 銭丸風来坊
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